私の長男が小学生低学年の時だった。長男は自分の自転車に乗り、親は歩きながら次男を連れて、須磨海岸まで散歩に出かけた。国道2号線を渡り国民宿舎(シーパルス須磨)のところで、駐車していた単車の方向指示器に、長男が乗ってる自転車のハンドルが当たった。方向指示器は見事に割れて外れ落ちた。
近くにレストラン、喫茶店があったので、お店に入り単車の持ち主を探した。残念ながらいなかった。単車の座席シートにお詫びの言葉とこちらの連絡先を書き残した。直ぐに連絡があった。後日、方向指示器が直ってから、阪急芦屋川駅で待ち合わせ修理費を手渡した。その人曰く『そのまま立ち去ったら、全く分からなかったのに。奇特なかたですね』と言われた。
帰宅後、修理費を長男と私とで折半した。長男は一月分の小遣いが無くなったので、大泣きした。
特に登校を嫌がる生徒に、『是が非でも学校に行くべし』と説いていた。しかし、自分が担任する生徒(中学生)が登校しなくなった。その生徒は自分で不登校の生徒ばかりが集まるセンターに自分で入居した。
午後4時頃にママに連れら孫二人が来た。上の孫はピアノの練習から始めようとしたが、やっぱり遊び始めた。しばらくすると、おもむろにピアノに向かい自ら練習を始めた。じぃじも横に座り一緒になって練習を始めた。まだ4歳でやり始めて数ヶ月です。ほっておきゃいいのに口出しをしてしまったのである。すると『難しい!出来ない!』と泣き出してしまった。余計な事を言ってじぃじは反省するも遅し。
夕飯の用意です。泣き続ける上の孫に『じぃじ、ご飯の用意していいですか』と訪ねたら『うん』とうなずいてくれた。孫二人の面倒を見ながら食事を作れないと思い、前日に作り置きしていた“肉じゃが”である。そうこうしているとパパは仕事から帰ってきた。
私が結婚したのは23歳である。学生時代、周りを見たら大学4年次でもう子どもがいた者がいた。そして同棲してるのが二組、その一組は高校からの友人である。もう一組は大学の友人である。その下宿にいつも夕食を食べに行っていた。そして、4年次に卒業を待たずして結婚した者がいた。
表題のページの冒頭に『ほとんどの人はあまり深く考えないで生きています』とあった。図星である。自分が正にそれである。いいではないか。『その時を大切に生きれば』と思う。なまくらな時間を過ごすこともあるが、それでもいい。
高齢者が抱える不安は「健康、お金、孤独」とよくいわれます。健康とお金についてはすでに触れましたので、今回は孤独です。孤独に陥らないためにはどうすればいいのか。言い換えれば、どう生きがいをもって過ごすのかということではないでしょうか。
先週からギターの練習がおろそかになってる。なかなか上達しないので頭打ちになっている。
やらねばならないと思いつつ、そのままになっていた同窓会用メーリングリスト管理システムの構築だ。導入がとても簡単な『acmailer』と云うものがあった。無料で使用できる。
60歳以上で働いている人は年々増え、昨年で約1260万人。ほぼ3人に1人です。うち約7割は雇用者です。この年代の就労意欲は世界的にみても高く、働けるうちはいつまでもと考えている人は多いのではないでしょうか。
カテゴリー「人生の目的」を新しく作り投稿を始め、最初に『自分自身が人生の迷いがあるわけではないが・・・』と記したが、やはり生きて行く上に、迷いが無いわけでは無い。迷っても『あの時、こうしたのは正しい選択で、それが一番良かった』と自分に言い聞かせ、今までやってきた。