我が子が小学生の低学年の頃。私が家の玄関の扉を開け帰るやいなや『パパお帰り!』と飛んでくる。今は孫が遊びに来ると、『じぃじ~ぃ!』と玄関から廊下を走ってくる。
前者は仕事に疲れて帰ってきても、いっぺんに吹き飛んだ。後者は最高の幸せを感じている。
我が子が小学生の低学年の頃。私が家の玄関の扉を開け帰るやいなや『パパお帰り!』と飛んでくる。今は孫が遊びに来ると、『じぃじ~ぃ!』と玄関から廊下を走ってくる。
前者は仕事に疲れて帰ってきても、いっぺんに吹き飛んだ。後者は最高の幸せを感じている。
亡き妻に通販とかのお店からたまに電話が掛かってくる。初めての時は返答に困り不愉快だった。でも考えてみると相手は何も知らないのである。
今は『買い物に出ています』と返事する。同じ事を繰り返し返事すると、本当に買い物に行ってるような不思議な感覚になる。
我が息子は某大学へ『特別推薦』で入学した。特推をもらえると私は大変喜んだ。しかし、夏休みに決まってからほとんど勉強しなかったようだ。そして、学生生活を謳歌し、卒業するのに大変時間が掛かった。
一時私は『もう大学を辞めて働いたら』と言った。息子は『ここまで来たら必ず卒業する』と言い切り、七年半も掛かったが卒業した。
今考えてみると、それがよかったのか。親が援助した学費は四年間で、残り三年半は自分でまかなった。その時に、自分の進むべき道を確立していたようだ。そして今は、起業してしっかりとした自分の道を歩んでる。親として誇らしい。今は『老いては子に従え』である。
予てより『やらなくては!』と思いながら、結構時間が経った。リビングのドアに孫が勢いよく当たってくる。幅15cm、縦170cmがガラスになっている。今まで余り閉めることが無かったので、そのままだった。寒くなって閉めることが多くなってきたので、今日は朝からドアのガラス部分に飛散防止フィルムを貼った。思ったより難しい。
説明書には『ガラス面に石けん水を吹き付けてヘラで汚れを落とす』となっていた。ガラス部分には孫の手形が付いてるので雑巾で拭いた。雑巾などで拭くと繊維が残ることがあるので最後はヘラで落としてゆく。ヘラで全面汚れを落としたつもりだったが、貼り付けた後1cmぐらいの小さな髪の毛を見つけた。
どうしよう?それからガラス面の端を2mm程空けなくてはならないのに、カッターでぎりぎりに切っていった。これがいけなかった。うまく気泡が抜けない。ここで2mm空ける意味がよく分かった。悩んだが、まだフィルムは半分残ってるのでやり直した。さすがに2回目はうまくいった。
焦ることは無い!
人生ぼちぼちやっていこう!
人生なるようになる!
「ケ・セラ・セラ(Que sera sera)」という言葉があります。スペイン語で「なるようになる」「明日は明日の風が吹く」といった意味の言葉です。(出典:Weblio類語辞典からまとめる)
時代劇水戸黄門主題歌 「ああ人生に涙あり」の歌詞です。『人生楽ありゃ 苦もあるさ』から始まるこの主題歌です。

①
人生楽ありゃ 苦もあるさ
涙のあとには 虹も出る
歩いてゆくんだ しっかりと
自分の道を 踏みしめて
②
人生勇気が 必要だ
くじけりゃ誰かが 先に行く
後から来たのに 追い越され
泣くのがいやなら さあ歩け
③
人生涙と 笑顔あり
そんなに悪くは ないもんだ
なんにもしないで 生きるより
何かを求めて 生きようよ
<当初3番の歌詞として作詞された幻の4番の歌詞>
人生一つの物なのさ
後には戻れぬものなのさ
明日の日の出をいつの日も
目指して行こう顔上げて
(出典:ウィキペディア、歌詞はウエブサイトから)
時々、人生を振り返ってみると恐ろしく思う。自分が思ったとおりに進んでいるのである。
私は『長い物に巻かれよ』として生きてる自分に引け目があった。
大学の後輩で同じ職場で働いていた。その方は『人に騙されないように、自分の立場を不利になら無い様に』と頑張っていた。私は彼を見て『よく周りを見て、自分の意見をはっきり言って行動をしている』と思っていた。しかし、気が付いてみると彼の行動は自分の行動を狭めていただけだった。
昨日、コナコーヒーがハワイ島から届いた。コナコーヒーとは『コナコーヒーは、ジャマイカのブルーマウンテンと並んで世界最高のコーヒーと称されています。その名の通り、ハワイ島南西部のコナ地区でのみ栽培され、生産量は世界のコーヒー生産量の1%以下という大変希少なコーヒー豆です。苦みが少なく柔らかな酸味と甘い香りですっきり爽やかな味わいが特徴です。アメリカでコーヒーを生産しているのはハワイ州だけなので、ホワイトハウスの公式晩餐会では必ずコナコーヒーが供されます。(出典:ホノルルコーヒー ウエブサイト)』
確かに、雑味が無くすっきり爽やかな味わいです。ただ、私がいつも飲んでるのはブラジルの「サントスニブラ」という豆である。パンチの効いた苦みのある味わいなので、それに比べるとちょっと物足りなかった。
生きるのに何を基準にしてるかで、人生が大きく変わってくる。
私は56歳の時に、直腸ガンを患い2008年6月30日から40日間入院した。退院して自宅療養をしているとき、朝起きて『食事が出来る喜び。コーヒーが飲める喜び』があり幸せを感じていた。が、元気な今はその感情が薄れてきている。
『もういらないものと思ったもの、それを思い切って、手放してしまうと決めましょう。きっと、体も心もフッと楽になるとおもいます(P.51 L.11_12)』
私のまわりにはいらないものが沢山ある。いつか使えるだろう。これはあの時の記録だ。等々、余りにも多い。ここ10年以上CDラックにあるCDをステレオ・プレイヤーで聴いたことが無い。そのCDを整理したが箱にしまっただけ。過去の海外旅行の資料も段ボール箱一杯になっている。
昨日、息子が『〇〇路で、すき焼きを食べに行こう』と誘われた。嬉しいものです。遠慮無く一番高い “しゃぶしゃぶコース” を選び戴きました。
お店を出るときに『ご馳走さん』と息子に声をかける。息子の嫁も柔やかな顔をしていた。至福の一瞬でした。