人生には三つのものがあればいい。希望と勇気とサムマネー -喜劇俳優 チャールズ・チャップリン
若ければ目標も高ければ高いほどいいだろう。しかし、還暦を過ぎあまり高い目標をもつと疲れてしまう。今は目の前の目標を着実に乗り越えて行くことだ。
望みをもちましょう。でも望みすぎてはいけません。-モーツァルト
たまには自分をみつめなおして、自分の好きなところを探そう。-アメリカの俳優 スタシ・ケナン
「自分の好きなところを探す」これはしたことがない。自分の欠点がどうしても見えてしまう。いや、見なくても沸いてくる様な感覚で思い出す。昼間は問題ないのだが、夜になると寝ることもできずに夜更かしをしてしまう。
自分の好きなところは何だろう・・・。現役時代は「これを乗り越えれば、自分は一段階スキルアップができる。人間的にも一段階スキルアップするチャンスなのだ(P.30)」と考えていた。だから、どんな困難な状況でも、相手のことを思いやり、一生懸命接することで問題は必ず解決できる。先の見えない大きな問題に接しても同じである。逃げたら誰かが解決するが、それは解決したことにはならない。
花を愛するのに植物学は不要である。-稲垣足穂「横寺日記」
現役時代、本業以外で県の私立学校52校の生活指導部のまとめ役が廻ってきた。すごく不安で逃げ腰だったが、校長が一言「やんなさいよ!」と声をかけられて何故か気が楽になり、やる気が出てきた。今でも思う、不思議だ、その校長の一言でやる気が出た。その短い言葉には『何かあった何時でも面倒見てあげるよ』と聞こえた様な気がした。
時間に追われた2年間だったが、『楽しんだ』ことを覚えている。でも、この時に抱えていたホームページ制作の仕事が、遅れ気味になり通常2~3日でできることが、2週間、またそれ以上掛かる様になった。遅れる原因に『すみません。外部からの仕事が入り、なかなか時間が取れないのです』と言い訳していた。2年間のその仕事が終わり振り返ってみて、『あれ?時間が無くて仕事が遅れたのではない。ただ単に自分自身に処理能力がなかったのだ』と反省し、楽しかったホームページ制作の仕事が『楽しめなくなった』ことを覚えている。
休憩とは回復であり、何もしないことではない。-作家 ダニエル・W・ジョセリン
これから暫く表題は、斎藤茂太氏『いい言葉は、いい人生をつくる』(成美堂出版)より引用する。
何か骨組みがないとなかなか書き出せないものである。最近、目に留まった本だ。
人間であるが故に言葉はとても大切なものである。それなりに還暦を迎え年金生活に入った。ある日、役所に行ったとき、(多分私より5~6歳上)『60歳になっても、未だ未だ働かないかんな!』と言われ、『そうですね』と返事した。また違う日に10歳ほど年下の者と話をした。『私は今は年金生活で、特に仕事はしていません』と言ったら、『それはそれで頑張ってきた人生じゃないですか。それで今があるのですから、それで良いのではないですか』と言われた。思うに、前者の仕事ぶり(その時の一環境だけを見てだが)を見ると『えっ!お宅ら、マジでしかり仕事やってるんですか?机の子守してるだけやん!』と思った。後者は『やっぱり自信を持ってやってる者は違うな』と思った。
実際、仕事をしている方が何かと楽だと思う。何もなしで、目標を持たずただ過ごして行くのは辛い者だと感じる。
この書物のはじめに「『これまでの人生を振り返って、どういう感想をお持ちですか?』と訪ねられたら、私は躊躇なく、『実に楽しい一生でしたよ』と答えるだろう」と記されていた。そんな言葉が気持ちよく言える様に生きて行きたい。
また、このブログを初めから見直し、今はどう思っているのかコメントする。
表紙に『子育てハッピーアドバイス\ようこそ/初孫の巻 孫が幸せに育つため』と書いてあるが、私は『三世代家族が幸せに暮らすため』のアドバイス本だと解釈した。ものの価値観も時代とともに大きく変わったと言われるが、いつの時代をとってもそれは一緒のこと。孫が子を持つ時代になると、また価値観は大きく変わっていることだろう。息子も同じように『俺の時代はこうだったな』とぼやくだろう。お互いの立場・人格を認め、何事も褒めることから始めることだ。
家族でも立場によって、同じものを見ても、同じように見えているとは限らない。物体としての形状は変わらないが、そこから見えてくるものは自分の心にあるものが写り見えてくる。
お互い褒めることから、やらなくてはならない。思えば子に褒めたことがあっただろうか?記憶にない。これまた反省!息子の嫁も、孫も褒めることから始める。そうだ!父親として社会人としても、よく頑張ってる息子も褒めなくては!今更、ちょっと照れ臭いが、機会を見つけてそうしよう。
2013年10月に、東京で活動している一世を風靡した有名バンドが某カフェ(ライブハウス)に来ることになり、友達と行くことになった。そのカフェに、私が憧れていたギターが壁一面に陳列してあった。後日、とても気になっていたので店長に話を聞くことになった。今も手作りでコツコツと伝統を受け継いで製作していることが分かった。
そのカフェにちょこちょことお邪魔することになり、親父バンドの方にお世話になる様になった。そして、その年の暮れにギターを買って、練習する様になった。
そのバンドで世話になってる方に、いつも「いいですね! 上手になりましたね!」と褒められてばかり。青春時代に出来なかった事を “ じぃじ ” になってから、させて戴いている。新米で下手にもかかわらず、サポートしてくれるバンドの皆さんに感謝する。