子ども時代に経験したことを思い出す(P.141)

バラック小屋

子どもの頃の生活は大変だった。母親は食べるものが無くても、子どもにはなんとか食べられる環境をつくる。

白ご飯に醤油をかけて食べる。たくあんがあったらご馳走だ。

何故バッラク小屋に住んでいたのかわからない。今なら母親に聞きたいが、母親は天から見てるだけ。

そんな母親の行動には頭が下がる。

身を粉にして子を育てる母親は、
『何でもお見通しだ!』。

 

(画像出典:ブログ 「絵とエッセイ」)

ライフワークで愛を表現する(P.137)

心から楽しいと感じられることが、あなたのやりがいです。それが見つかった人は、幸せです。なぜなら、自分の愛の表現を自由にすることができるからです。(P.137 L.10~P.138 L.1)

『仏教で日々の修行は掃除である』と聞いたことがある。ある日、比叡山の延暦寺で、若い僧侶が雑巾を手に床掃除に精を出している姿を見た。あまりに力を入れて拭くので、その床板が削れてきた。その若い僧侶は一緒に掃除をしていたもう一人の僧侶に「あまり力を入れたらあかんで、床が削れるわ!これ国宝やろう!どないしょう・・・」。それを見ていた私は「ほんまや・・・えらいこっちゃ!どないするねん!」と思ったが、仏の前ではない掃除が楽しい自由な時間に見え、何ともいえない微笑ましさを感じた。

 

本当にやりたいことを見つけるには(P.134)

自分の心に正直になったら、本来の自分の本質が見えてきます。

それはアート作品を作ることかもしれません。人前で話すこと、料理をつくること、何かのプログラムをつくること・・・・・・人それぞれですが、自分がそれを一番ワクワクできることが人生の目的になります。(P.135 L.3~L.6)

『素直な気持ちを大切に!』

自分の才能を使って社会に貢献する(P.132)

近所の道をきれいに掃き掃除することが、生きがいの人もいます。その人の行いは、数件のご近所さんしか気づかないかもしれませんが、それでも、本人にとっては、幸せをもたらす行動です。(P.123 L.9~P.133 L.1)

中々できないことである。先日、自宅マンションのゴミステーションに、燃えない物と、スプレー缶が分けられずに捨ててあった。これはいかんと思い、明確に分かるように分けた。何かスッキリした。

まわりを幸せにする「人生の目的」とは(P.130)

英語では「どういたしまして」を「My pleasure」と表現することがあります。直訳すれば、「そうすることが私の喜びです」という意味ですが、まさに、それこそが、自分も、まわりの人たちも幸せにする人生の目的になるのではないでしょうか。(P.131 L9~11)

アメリカ旅行で、よく「Thank you!」とよく声をかけられます。それから日本でも、私は何か事の終わりに「ありがとう」と声を掛けるようになった。

人生の目的は、いつ見つかるのか?(P.128)

私が還暦を迎えたときに、人生の大きな転機に見舞われた。これからの生き方について模索していたとき、アメリカにプチ語学留学をした。

【クラスメイト】私は後列の向かって左から二番目です。そして、本格的に語学留学をしようと計画を立てていたとき、高校の先輩が属する一世を風靡したバンドが我が街のライブハウスに来た。もちろん応援に行った。そこで目にしたのが、私があこがれていたギターが壁いっぱいに展示されていた。応援に行ったバンドの演奏より、展示されていたギターの方が気になった。数日後、店長に展示されているギターのことについて聞いた。

そのギターをこよなく愛し、演奏されいる方がいることがわかった。そのライブハウスで、その方のライブコンサートに行った。演奏が終わり、バンドリーダーが「あなたもギター演奏しますか。一緒に遊ぼうよ」。私は「少しだけ演奏します」と返事した。でも心の中で「還暦を過ぎた人間に『一緒にあそぼうよ』と声を掛けるとは、面白い方だ。ちょっとついて行ってみるか」と思い、その方ライブに大阪、神戸、小野へと行って5年が経った。

センターを取らせていただいた。少し演奏ができるのではなく、全くできなかった私だったが、優しく温かく迎えてくれた。今ではなんとかにステージに立ち演奏できるようになった(写真のセンターです)。その方と出会えたことに感謝し幸せを感じています。

一歩踏み出す勇気を持つ(P.124)

幼稚園や小学生の頃、長縄飛びをしたことを思い出してください。

大きくまわる縄のなかに入るのは、とても勇気がいりました。

勇気を出して、縄のなかに入ってしまえば、案外うまく飛べたりするのですが、最初の一歩がとても怖いのです。(P.125 L2~5)