<学校とは>
広い意味では,一定の目的をもって,定まった場所において,教師 (教育者) が児童,生徒,学生など (被教育者) に対し,一定の教材 (知識,技術など) を用いて,組織的,計画的に,また継続的に,教育を行う施設をいう。(出典:コトバンク)
<義務教育とは>
憲法は保護者が子に普通教育を受けさせる義務を負うと規定し、学校教育法はその場を小中学校、中等教育学校、特別支援学校と定めている。文科省は、フリースクールやインターナショナルスクールなどに通う場合は当てはまらないとしてきた。 (出典:コトバンク)
特に登校を嫌がる生徒に、『是が非でも学校に行くべし』と説いていた。しかし、自分が担任する生徒(中学生)が登校しなくなった。その生徒は自分で不登校の生徒ばかりが集まるセンターに自分で入居した。
私は様子を見にセンターに行った。その生徒は言った、『他の生徒の担任は、マガジンとか喜ぶような雑誌の差し入れがあるのに、先生は何も持ってこない』。私は『親の言うことも聞かず、勝手に自分で決めて、勝手にやってるんだから、勝手にしなさい。なんでそんな子に手土産を持ってこなあかんの!』と返事した。
しばらくすると何も無かったように登校し始めた。
午後4時頃にママに連れら孫二人が来た。上の孫はピアノの練習から始めようとしたが、やっぱり遊び始めた。しばらくすると、おもむろにピアノに向かい自ら練習を始めた。じぃじも横に座り一緒になって練習を始めた。まだ4歳でやり始めて数ヶ月です。ほっておきゃいいのに口出しをしてしまったのである。すると『難しい!出来ない!』と泣き出してしまった。余計な事を言ってじぃじは反省するも遅し。
夕飯の用意です。泣き続ける上の孫に『じぃじ、ご飯の用意していいですか』と訪ねたら『うん』とうなずいてくれた。孫二人の面倒を見ながら食事を作れないと思い、前日に作り置きしていた“肉じゃが”である。そうこうしているとパパは仕事から帰ってきた。
表題のページの冒頭に『ほとんどの人はあまり深く考えないで生きています』とあった。図星である。自分が正にそれである。いいではないか。『その時を大切に生きれば』と思う。なまくらな時間を過ごすこともあるが、それでもいい。
高齢者が抱える不安は「健康、お金、孤独」とよくいわれます。健康とお金についてはすでに触れましたので、今回は孤独です。孤独に陥らないためにはどうすればいいのか。言い換えれば、どう生きがいをもって過ごすのかということではないでしょうか。
60歳以上で働いている人は年々増え、昨年で約1260万人。ほぼ3人に1人です。うち約7割は雇用者です。この年代の就労意欲は世界的にみても高く、働けるうちはいつまでもと考えている人は多いのではないでしょうか。
この4月に下の孫が幼稚園に入った。年少さんだ。入園式で泣かないか心配だったが、本人は意外とあっけらかんだった。そして、落ち着いてるように先生から見えたのか、クラス代表で記念品を頂く役に当たった。親ばかならぬ、じぃじばかである『とても嬉しかった』。
最近、「下流老人」という言葉が流行しています。現役時代に普通の生活を送ってきた人でも、さまざまな理由で老後は生活苦に陥ることをいうようですが、そうならないためにはやはりしっかりした資金計画が欠かせません。
今日、カテゴリーの一部を整理した。昨年の5月に投稿してから、『整理しなければいけない』と思い、一年近く経った。今私の頭の中にあるのは『生きるとは』がこびりついている、私自身が生きることに『迷い』があるわけでもない。
高齢化が進んで60歳以上の人は現在約4250万人。過去最高で3人に1人です。60歳時点での平均余命は男性で約23年、女性で約29年もあり、年々伸び続けています。100歳以上の人も6万人を超えました。
そして、最後の日にガンショップ巡りをした。数多くアメリカ旅行しているが、拳銃がこんなに身近に感じたのは初めてだ。こんな小さな落ち着いた町にガンショップが4店もあった。