過ちて改めざる、これを過ちという。-孔子(P.118)
某河川にて “さくらまつり” があった。天気が悪いのでどうしようかと迷ったが知ってるバンドが出るので行ってみた。小雨ぱらぱらでそんなに問題はなかった。ちょうど演奏5分前に着き演奏ステージも直ぐに分かった。バンドメンバーは音出し確認中であった。お客さんもまばらで一番前に陣取ることができた。椅子に座るや否や演奏が始まった。が、雨も降ってきた。折角なので演奏が終わりメンバーと一緒に食事した。出会いのある良い日だった。
何でも妙なことにぶつかったら、笑うってことがいちばん賢い。-アメリカの作家 メルヴィル
少し古い話になるが、2011年4月ハワイ・退職祝いの旅のことをふと思いだした。
この年の3月末を持って定年を待たずして36年間続けてきた(途中4ヶ月間休養あり)仕事に終止符を打ち、亡き妻との二人三脚の生活を優先した。人生に悔いはない。そして、今回の旅はレンタカーは借りず、トロリーバス等々での移動だった。ちょっとホテルをリッチに取り、レストランでの料理に舌鼓を打った。そのホテル『The Kahala Hotel & Resort』のレストランで本当のサーバーに出会った。まず、お客が『何を、どの様に欲しがっているのか』をしっかり聞いて、調理場に伝えちょうど良い加減でサーブしてくれ、また、良いタイミングでテーブルに来てくれるのである。確かに言葉の問題はあるが、そこはサーバーの力量だ。言葉の壁は越えてくれる。お陰で、いつも海外旅行では体重が減るのだが増えてしまった。
どんなにベッドが暖かくても、そこから出なくちゃいけない。-アメリカの歌手 グレース・スリィック(P.106)
昨日、百貨店で祝い袋を買いに行った。男性定員さん新米なのか。新卒でもなく要領を得ない30歳ぐらいの男性の定員さん。これで2回目である。
私『入学祝いです。お祝い袋をください』
定員『こちらになります』(いわれなくてもそこにあるのは分かる)
私『一番安いので良いです』
定員『はい。これでよろしいでしょうか』
私『はい』
定員『こちらにお客様のお名前と、お入れになる金額をお書き下さい』
私『すみません。渡すタイミングはいつ頃になりますか』
定員『聞いて参りますので、少々お待ち下さい』(要領を得ない定員に、私は少々いらついている)
定員『ご入学試験を受けて、合格されて、入学手続きを・・・』(マニュアルのように説明が始まった)
私『もう4月で、今日が入学式なんです!』(ちょっとムツッとして)
定員『入学が決まっておりましたら、早くても・・・』
私『3月でも良いんですね!』(ちょっと無愛想に、そこの百貨店のクレジット・カードを出す)
定員『翌月一括払いでよろしいでしょうか』
私『ポイントで!』(またもや無愛想に)
等々・・・やってしまった。まだ心が狭い私、反省します。
その定員さんは、お祝い袋を丁寧に内袋に入れ手提げ袋に入れている。その様子を見ながら『きちんと“ありがとう”をいわなければ』と思い、受け取ったときに『ありがとう』と素直な気持ちでいった。
いつの頃か、私は春がとても待ち遠しかった。私の専門スポーツが水泳であるので、この四月から練習が始まる。もう嬉しくて仕方がない。でも、遊びでちょこっと入水するのではない。そこには想像を絶する寒さとの戦いがある。練習が終わり、幸いにも学校には小さなお風呂があた。体を温めにゆく。先輩たちが先に入り残り湯も少なくぬるくなっているが、幸せの一時であった。
学校に勤めて何年頃だろうか。温水プールが一般化して、スイミングスクールでの選手が出始めた。全国中学校大会、インターハイなど大きな大会に行ったとき、まだ炎天下での屋外プールだった。屋外で練習している選手と、屋内で練習している選手の違いが一目瞭然で分かる。大会代表等の話が少し長引くと、選手の中には体調不良を起こす者が出てくる。ちょっと驚いたが水泳競技大会方法の過渡期でもあった。今では大きな大会はすべて屋内プールになっている。
年のせいか、最近はよく涙する。頬が重力に負けてるように、涙腺も緩んでいるのは確かだ。
昨日は、甥っ子の結婚式だった。結婚式から甥っ子の弟が涙している。披露宴に入った。同年代の男性も涙しているのに気が付いた。私がよく涙する状況を目にするのは、花嫁が感謝の気持ちを両親に伝える手紙を読んでるときの新婦側の女性友達だ。私も胸にグッとくる。結婚式で友達の男性が涙することは、今までになかったことだと思ってる。時代の流れで草食男子といわれる男性が多くなったためなのか。男性も慶び事で感情を素直に出せるようになってきたのは良いことだと思う。
披露宴の最後にビデオが流れ、これまでお世話になった方が字幕に出た。その中に亡き母の名前があった。目頭がとても熱くなった。
ひとりでいることと孤独とはまったく違う。-アメリカの作家 エレン・バースティン(P.89)
人間は孤独では生きて行くことができない。私はひとり暮らしをしている。義母はまだ独身の息子(次男)と一緒に暮らすことを望んでいる。私は保守的ではないと思うのですが、同じ屋根の下に成人した男性は一人でよいと思ってる。つまり、家長は二人いたらダメになる。だから、私の長男は成人になったとき、次男は大学を卒業したときに、それぞれ家を出て行った。私は『しっかりと一人前に成るんだ』と期待し、家から出て行くことを賛成した。だが、亡き妻はそうではなかったらしい。後で分かったことだが『一抹の寂しさ』というより、身を引き裂かれるような寂しさがあったようだ。私はもう『老いては子に従え』である。息子たちには何も言うことはない。しかし、対義であるが『老いたる馬は道を忘れず』も忘れず、いざといったときには縁の下の力持ちになれるように、いつも息子たちのことを考えている。また、一生懸命、親のことを考えて行動する息子の様は誇らしく思う。