自分のモチベーションがどこから来ているのか、チェックする(P.164)

【温泉卵】
卵に熱を加えることで固まり始めるのは、まず外側からですがその常識を打ち破った料理が「温泉たまご」です。
温泉たまごは、黄身はほどよい固さですが、白身はまだどろっとしています。つまり、「シンから先に温まる」ということで、「温泉たまご」と命名されたようです。
ちなみに、温泉のお湯は常に一定の温度で湯が湧き出ているので、65~68℃の温泉湯であれば30分くらい温泉に浸けるだけでできてしまいます。
白身が固まり始めるのが58℃ですが、80℃近くに上がらなければ完全には固まりません。一方、黄身は65~70℃前後で固まり始め、この温度を保てば、ほぼ完全に固まります。
(出典:教えてたまご先生

半熟たまごと温泉たまごは、あまり気にしたことがなかった。なるほど、面白いたまごの性質だ。備忘録として残します。

目的にはまって動けなくなるとき(P.166)

生きているあいだに何をするのか、どう感じるのか、これが人生の目的ですが、「人生の目的があるはずだ」、あるいは「人生の目的はこうだ」と思ってしまうと、まったく身動きが取れなくなることがる。(P.168 L.8~L.10)

『マイペースで行こう!』

人生の目的は、人を自由にする(P.169)

人生の目的を見つけた人は、「人生の目的を見つけたから、より自由になった」と感じています。実際、人生の目的が見つかると、経済的にも、考え方、感じ方、生き方も、すべてが自由になります。(L.169 L.10~P.170 L.2)

自分が選んだ方向は『すべてが正しい』

個人的な人生の目的と、大きな目的(P.174)

大学4年生の時、働く事への意識が高まってきた。

夏の短期水泳講習ではあるが、耳にハンディーを持った小学校低学年の子どもを教えた。一週間ではあるが教えた子が最終日に5mも泳げ、喜びを露わにした。

その姿を見た私は同じように喜び『やった!』、心の中で『私の仕事はこれだ!』と深く決めた。

人生の目的と幸せのバランス(P.176)

趣味のテニスや釣りや登山だけをして、友人・知人と楽しい人生を過ごして亡くなっていく。そういう人生もあれば、社会的なシステムや財団、お金、発明なりを残して死ぬという人生もありあります。(P.176 L.6~L.8)

『自分なりに一生懸命生きた人生は宝です』

人生の目的を生きるのを阻むもの(P.178)

あなたの心にずっと引っかかっていて、やってないことは何かありますか?
それが、あなたの人生を飛躍的に変えていくものです。
最初は、たいしたことがないように感じても、継続していくと、きっと大きな結果が出ます。ぜひ、「自分には無理だ」と思わないでください。(P.179 L.9~L.12)

『諦めたら終わりです』

運命を変えることはできないか(P.182)

【私の人生の岐路①】

☆高校進学
『兵庫県では、1967(昭和42)年以降に受験競争緩和のために、「兵庫方式」と呼ばれる独自の入試方式を取り入れてきた。この「兵庫方式」とは、公立高等学校入試において、入学者に課す学力テストの成績によって入学者を選抜するのではなく、調査書(通称「内申書」と呼ばれる)に記載された中学校三年間の成績や素行を以て入学者を選考する方式である』(出典:CiNii Articles – 日本の論文をさがす「活教水育論行文政集の 配第分方59式集」)

この方式によって私の公立高校入試が「思考力テスト」題し2時間(50分x2)のテストであった。この思考力テストには私の不得意の英語のテストは入ってなかった。担任は『過去の資料がないので判断できない』と寂しい回答だった。

クラブ活動の顧問に相談した。『県立の工業高校に行きたいのです。水泳部もありました』。顧問は『兵庫県で一番最低の水泳部です』。私は『そんなこと言うなら、兵庫県で一番水泳部が強いところはどこですか』。顧問は『報徳学園です』。

兵庫県方式の入試ではなかったら・・・

☆大学進学

☆就職

☆結婚

☆病気

☆死別

☆還暦(新たな出会い)

 

両親の人生を見てから、自分を振り返る(P.184)

私は父親の存在を知らない。女性がそれなりの時期に来ると子を授かると小学生まで思っていた。事実、私に父親ができたのが小学校2年生の時だった。

『何であんな大きな鉄が海に浮かぶんだ、空を飛ぶんだ』といつも言ってる母だった。そんな母親だが、『自分の命をかけてでも子を育てた』。そんな母の意見は必ず聞き、何を子に教えてるのかしっかり言葉の裏に隠れてる意味を理解すること。これは私が結婚して、妻が子を育てる姿を見て、子が大きくなったときに感じた。

【私の人生の岐路②】

☆高校進学
兵庫県方式の入試ではなかったら・・・と思ったこともあったが。
報徳学園を選べる環境下にあったことに感謝する。

☆大学進学
高校のクラブ活動で三カ年間団体優勝をすることができた。恵まれた環境であった。そのお陰で大学を数校選ぶことができた。選択は安易に私にとって一番条件の良い大学を選んだ。一年間寮生活であったが苦になることはなく、仲間がたくさんできたのでよかった。大学二年目の生活は、自分で行動を起こし進まなければならなかった。ただ、自分一人で行動することはあまりなかった。四六時中誰かと一緒だった。

大学4年生(4年目)でアルバイトが中心の生活になっていた。夏休み短期水泳教室での子どもとの出会いで、自分の方向がはっきりと見えた。(2月28日の投稿)

 

☆就職

☆結婚

☆病気

☆死別

☆還暦(新たな出会い)